まだコンピューター・グラフィックのない時代、映画に現実離れした特殊効果を入れたいときには逆再生や遠近法、コマ落としといった技法が使われたそうだ
▼逆再生のトリックでよく知られているのはチャップリンの『給料日』である。ファンはきっとご存じだろう。れんが職人役のチャップリンがビル工事現場の上にいて、下から不規則に投げ上げられるれんがを神業のような鮮やかさで受け取っていくのである。実際はさまざまな体勢でれんがを投げ落とす場面を撮り、後から逆につなげているわけ。そんなこととはつゆ知らぬ観客は映画館でチャップリンを見て、その優れた運動神経に歓声を上げたのである
▼天が何らかの演出効果を狙ったはずもないが、逆再生と見まごうこちらの動きにも大層驚かされた。東海地方に28日上陸し、そのまま通常ルートとは真逆の東から西へと日本列島を横断している台風12号のことである。西へ進む台風は気象庁が統計を取り始めた1951年以来初めての事例という。猛暑を伴うチベット、太平洋両高気圧に東進をはばまれ、西進する寒冷渦に引っ張られたらしい。進路をねじ曲げられたからか破壊力はすさまじく、豪雨に烈風、高潮と各地で被害が続出。西日本豪雨の被災地には度重なる災難である
▼進路が逆だと地形の影響も変わるため、何が起こるか予測が難しいのだとか。きょうは屋久島付近でほぼ停滞するとの予報だが、その先がまた読めない。まさか反転などしないだろうが、ことしの夏は気象で特殊効果ばかり見せつけられているから油断ならない。