その手記を読んでいると、だんだん胸苦しさがつのってくる。例えばこんな回想があった。「みなお腹をすかしながら街をさまよい、仕事はない。あったとしてもお金はくれない。だから食べ物も買えない」
▼北朝鮮から脱出した斉藤博子さん本人が書いた『北朝鮮に嫁いで四十年 ある脱北日本人妻の手記』(草思社)である。斉藤さんは1961年、朝鮮人の夫と共に北朝鮮に渡り、01年に脱北に成功し帰国した。かつて北朝鮮が「地上の楽園」と呼ばれていた時期があった。北朝鮮でなく日本国内でである。当時、政府もマスコミも、豊かで平等な国に戻って暮らせばいいと在日朝鮮人らの帰国事業に力を入れていたのだ。日本人の妻も一緒にである。斉藤さんもその一人だった
▼ただ、待っていたのは楽園でなく地獄。飢えをしのごうとヤミ商売に手を出した娘が3年の労役刑を受けたこともあったらしい。娘は帰ってくると、刑務所の中では毎日のように、たくさん人が死んでいたと教えてくれたそうだ。罪人の扱いが極めて残酷な証拠だろう。観光中に拘束され国家転覆陰謀罪とされた米大学生が意識不明のまま解放され、19日に亡くなった。脳がほぼ壊されていたという。相も変わらぬ非人道性と不誠実さには憤りを感じる
▼国民は学生が罪人と信じ込まされているのだろう。斉藤さんは、朝鮮人は「金正日は世界一だと思っています」と記していた。正恩氏も世論をそう誘導しているに違いない。ただ、今では多くの国民がその世界とは地獄だと気付いているだろう。いつまで偽りが通用するか。