子煩悩としてもよく知られる奈良時代の代表的歌人山上憶良は数奇な人生を歩んだ人である
▼日本史の教えるところによると、702年に遣唐使として儒教や仏教を学ぶため唐に渡ったものの、則天武后を巡る周王朝の争乱や朝鮮半島統一の激動のただ中に放り込まれ志半ばで帰国。726年には筑前守として大宰府に赴任したが、官の役人にもかかわらず重税に苦しむ庶民に同情を深め苦境を描く歌を発表し続けた。過酷な状況で生きる人々を見て黙っていられなかったらしい。とはいえ社会を変えられない自分に内心じくじたる思いもあったのだろう。こんな歌を残している。「士をや空しかるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして」。男が世に名を残すこともせずにどうして死ねるか、というのである
▼自民党総裁選に安倍晋三首相(党総裁)の対立候補として出馬した石破茂元幹事長も、そんなやむにやまれぬ熱情に突き動かされたのかもしれない。きのう投開票が行われ、結果は安倍首相の圧勝だった。票数は首相の553票に対し石破氏が254票。倍も差がついたのだから石破氏も文句のつけようがあるまい。国内にも外交にも重い課題を幾つも抱える日本だけに、経験と実績のある首相に多くの支持が集まるのは自然の流れだった
▼石破氏も数奇な政治人生を歩んだ人で、社会を変えられない自分に内心じくじたる思いもあったに違いない。が、今回はいかんせん打ち出す政策が抽象的すぎた。ただ党員だけ見れば首相の得票は55%の224票。石破氏が名を残す機会も失われたわけではない。