研ぎ澄まされた感性を抱えているせいか、芸術家と呼ばれている人の中には心の傷つきやすい人がかなりいるようだ。歌人の石川啄木はその筆頭だろう。「我を愛する歌」を読むと、常に絶望のふちぎりぎりを歩いている印象を受ける
▼例えばこんな一首があった。「大といふ字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり」。「大」と書くあたり、理想とわが身の現実との差に相当苦しんでいたのでないか。啄木は辛くも思いとどまり帰ってきたが、やはり傷つきやすく一線を踏み越えてしまう人も世の中には数多くいる。今月下旬は特にそういった人が増える時期だ。学校であれば入学や進級、会社なら異動や決算といった年度末特有の不安が自殺の引き金になるらしい
▼電車を待っていて定時に来ないのを不思議に思っていると、駅員から人身事故発生のアナウンスが―。最近も何度かそんな経験をした。待合客は皆、文句を言わず押し黙っている。迷惑というよりやりきれない思いが強いのだろう。雇用改善と景気回復の大きな後押しを受けて、年間自殺者数はここ10年で1万人以上減少し2万835人になった(2018年)。それでも年間交通事故死者数の約6倍に上るという
▼本人は冷静な判断力を失っているため最後のとりでは周りの人である。同じ歌人でも命を慈しむ川出麻須美はこう歌う。「極まればまた蘇る道ありて いのちはてなし何かなげかむ」。絶望のふちに立ったときによみがえりの道が見つかる。直接言葉にせずともこんな気持ちで話をし、見守ってあげられるといい。