江戸末期に桃山人が刊行した妖怪本『絵本百物語』に「恙虫(つつがむし)」の話がある。実際にいるダニのような害虫ツツガムシの名の由来は、この伝説から来ているとの説もあるそうだ
▼こんな妖怪だったらしい。「山奥につつがといへるむし有て、夜は人家に入て人のねむりをうかがひ、生血をすひて殺さるるもの多し」(『日本妖怪大事典』水木しげる)。斉明天皇の御時というから7世紀中頃の怪事である。恐れた住民は陰陽師に退治を依頼したという。たぶんその地域で原因不明の病死が相次いだのだろう。今ならウイルスや細菌の感染を疑うところだが、当時の人は妖怪の仕業と信じた
▼ただ進んだ医療技術を持つ現代人も彼らのことを笑えない。「不良な子孫の出生を防止する」との名目で障害者らに不妊手術を強制した旧優生保護法を、1996年まで施行していたのである。障害が子に遺伝する科学的根拠はないにもかかわらず、こんな最近まで差別や偏見という妖怪を退治できずにいたのだ。それからまた23年たち、やっとおととい、旧優生保護法に基づき不妊手術を受けさせられた被害者を救済する法律が成立。即日施行された。旧法が47年に日本社会党代議士の議員立法で制定され国の施策となったことから、前文に「反省とおわび」の文言を明記したそう
▼それにしてもずいぶんと長くかかったものだ。一度社会に根付いた差別や偏見をなくすことがどれだけ難しいか、あらためて考えさせられる。恐怖や歪んだ使命感は人から理性を奪う。妖怪は決して過去の幻ではないのである。