近所に住むほとんどの人は長男が同居していたのを知らず、仲の良い夫婦が二人で暮らしているとばかり思っていたそうだ。東京都練馬区のその一軒家で、44歳の長男が76歳の父親に殺害された。1日のことである
▼子どものいる人なら、家庭環境を聞いて考えさせられるところもあったのでないか。父親は「周囲に迷惑をかけてはいけないと思い刺した」と動機を供述しているという。長男は「ひきこもり」だった。職に就かず自室でゲームに明け暮れる毎日。家庭内暴力も常態化していた。当日は隣接する小学校で運動会が行われていて、音がうるさいと怒っていたようだ。それをきっかけに家で口論が始まり、父親が思い余って…。悲劇である
▼川崎市でやはりひきこもりだった男が、スクールバスを待つ小学生らを殺傷した事件があったばかり。家で暴力をふるっている長男が今度は怒りの矛先を小学生に向けるかもしれない、と父親が恐れたとしても意外でない。それほどまでに追い詰められていたのだ。文学者坂口安吾が親子関係について随想にこう書いていた。「愛情にしろ憎悪にしろ一生のそして生まれながらの生活史の奥底の根ッ子にからんでいるのだから憎しみの一々に尤も千万な深い根が当然ある」。百組の親子がいれば百の違う事情があるということだろう
▼ひきこもりを諸悪の根源とするのはもちろん浅慮にすぎる。とはいえそれが親子の苦しみや憎しみの根を深くしているのも確か。内閣府の調査では今や40―64歳のひきこもりは全国で約61万人に上る。どこかで歯止めをかけねば。