劇にせよ小説にせよ、時代物の華と聞いて一対一の真剣勝負を思い浮かべる人は多いだろう。命を懸けた技と技とのぶつかり合い。いやが上にも緊張感は高まる
▼百田尚樹さんの小説『影法師』(講談社文庫)にもこんな一節があった。「勘一は裂帛の気合とともに、大きく踏み込んで刀を振り下ろした。宮坂はそれをかわすと同時に、勘一の額めがけて刀を振り下ろした」。戸田勘一が上意討ちを果たす場面である。命を懸けろとまで言うつもりはないが、一対一の勝負ならもう少し見せ場がほしかった。おとといの安倍首相と各党代表との党首討論のことである。渾身(こんしん)の一撃も絶妙な返し技もなくあっさり終了。拍子抜けである
▼そもそも時間があまりに短い。立憲民主、国民民主、共産の各党と日本維新の会合わせて1時間足らず。しかも維新の片山虎之助共同代表が衆院解散について触れただけで、他の党が取り上げたのは年金問題のみ。太刀筋がこう分かりやすいと受けるのも楽に違いない。年金制度は国家100年の大計に立って打ち立てねばならない重要課題だ。金融庁報告書の不備を突くような小手先の批判程度では首相にかすり傷も付けられまい。公平性に欠けるマクロ経済スライド廃止論も同様である
▼折しもボクシング世界戦で井岡一翔が日本男子初の4階級制覇を成し遂げた。井岡は全てをかけてタイトルを手にしたが、首相は同じ日に難なく4人抜きを決めたのである。白刃が火花を散らすような議論があってこそ国政は進む。今回の党首討論にそんな真剣さはなかった。