何度見たか覚えていない、という人も少なくないのでないか。スタジオジブリの長編アニメ映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)のことである。2001年公開だが、いまだに日本映画歴代興行収入第1位の座は奪われていない
▼詳しい説明は必要あるまい。神々の食べ物に手を付けた父母をブタに変えられ、名前も奪われて神々が通う「油屋」でこき使われることになった千(千尋)の奮闘を描いた物語である。宮崎監督は解剖学者養老孟司氏との対談(『虫眼とアニ眼』徳間書店)で、この映画の隠れたテーマについてこう語っていた。「一〇歳くらいの子が自分というものを周囲と区別して認識していく。親と自分との違いとか」
▼ことし4月、史上最年少10歳で囲碁のプロ棋士になった仲邑菫初段も今まさに親を離れ、自分の道を認識し始めた段階だろう。おととい、デビュー後初の公式戦となる第23期ドコモ杯女流棋聖戦で67歳の田中智恵子四段を破り、初勝利を挙げた。これも最年少記録だという。対局風景を見ると、時折相手をにらむような姿は相変わらず。「眼光紙背に徹す」ではないが、頭の中まで見通すかのごとき集中力である。勝利への執念は完全にプロのそれといっていい。仲邑初段は勝利後の会見で、はにかみながら「うれしい」と一言。言葉こそ短いものの、大海に一人漕ぎ出す誇らしさが見えた
▼映画で千は外の世界と切り離され、自分の力で困難を乗り越えるしかなかった。囲碁も盤に向かえば頼れるのは自分だけ。公式戦初勝利のここからが本番である。健闘を祈りたい。