江戸中期に清貧の暮らしを続けながら人々に学問を教えた人物に陽明学者の中根東里がいる。儒教の一派だが頭でっかちに堕することなく実践に重きを置くのが陽明学。東里はその姿勢を生涯貫き通し、高い学識があるにもかかわらず、学問で職や金品を得ようとはしなかったという
▼そんな東里が教えを誰にでも分かりやすく伝えるため考えた「壁書」に一句がある。「出づる月を待つべし。散る花を追ふなかれ」。これからに期待すべきで、過ぎ去ってしまったことにはとらわれるなというのである。NHKがこのところスクープとして連日放送していた昭和天皇「拝謁記」を見ていて、その一句を思い出した。NHKも過去にとらわれるあまり、いささかバランスを欠いているのでないか
▼「拝謁記」は初代宮内庁長官の田島道治氏が1949(昭和24)年から53年まで、在任中の昭和天皇との対話を書き残したものである。確かに興味深い記録だろう。とはいえ放送にこれほど時間を割く話題とも思えない。例えば戦略の誤りを考察したり、戦争への後悔を表明したり。また旧軍には嫌悪感を示しつつ再軍備や憲法改正には前向きの意見を述べたりしている。先の大戦を率直に語った昭和天皇の言葉は生々しい
▼ただ、これらは象徴天皇制の下での言葉である。学術的には意味もあろうが戦後政治とは全く関係がない。「NHKから国民を守る党」の国会進出など近頃少々分が悪いNHKだ。過去にとらわれるというより、使える手は何でも使って存在感を見せつけようという苦肉の策なのかもしれない。