講道館四天王の一人、柔道家富田常次郎は1905(明治38)年から明治の終わりまで米国で柔道を教えていた。当時、こんなことがあったそうだ。次男の富田常雄が書き残している
▼ボクサーが常次郎に試合を申し込んできた。柔道は見世物でないと拒んだものの納得しない。度重なる挑戦にとうとう断りきれなくなり試合を受諾。日本柔道を代表する者として、やるからには負けられない。丸一日、作戦を練った。常次郎は試合開始と同時に床に寝転んだ。そして攻めあぐね態勢を崩しながら打ち掛かってきた相手に見事なともえ投げを決めたのである。時代は違えど、日本代表としての責任感と誇りは常次郎と寸分の違いもなかったろう
▼柔道・世界選手権東京大会の最終日に行われた男女混合団体戦で、日本がフランスを下し金メダルを獲得した。お家芸として勝って当たり前とされる中、しかも日本武道館での試合である。大会3連覇がかかってもいた。選手はどれほど重いプレッシャーを感じていたか。柔道は個人競技だが、6人でチームを組む団体戦には独特の面白さがある。負ける選手がいても、先に4勝すれば良いのである。見ている方は一喜一憂、興奮の大きな波が寄せては返す
▼対戦で芳田司と村尾三四郎は惜しくも敗れたものの、影浦心と大野将平の機を見るに敏な技の切れ味、新井千鶴と浜田尚里の盤石な寝技はまさに圧巻。今大会で日本は金5個、銀6個、銅5個のメダルを獲得した。来年の東京五輪では男女混合団体戦が新種目として加わる。また一つ五輪を見る楽しみが増えた。