鳥のように自由に空を飛んでみたい―。誰もが一度は夢見たことがあるのでないか。物理学者寺田寅彦もそうだったようで、鳥獣をうらやむ原始人の心が現代まで生きのびていると考えていた
▼エッセー「烏瓜の花と蛾」にこう記している。「蛾をはたき落す猫を羨み讃歎する心がベースボールのホームランヒットに喝采を送る。一片の麩を争う池の鯉の跳躍への憧憬がラグビー戦の観客を吸い寄せる原動力となる」。さすがにこの令和の世で「池の鯉の跳躍」といった風流な発想は浮かばないが、選手たちの中にサバンナを駆け抜けるチーターや何者をも寄せ付けないクマの力強さを見てしまうのは確かだろう。その躍動感が観客をひきつけるに違いない
▼きょうから日本初開催となるラグビー・ワールドカップ(W杯)が始まる。強豪南アフリカ相手に大金星を挙げ、8強入り目前にまで迫った前回2015年イングランド大会の興奮はまだ記憶に新しい。今回は自国開催である。いやが上にも期待は高まろう。開幕試合はきょう午後7時45分からの日本対ロシア。ロシア代表の愛称は「ベアーズ」、クマである。いかにも手ごわそうでないか。ただ直前の記者会見でジョセフヘッドコーチは「過去最高の準備ができた」、リーチ主将も状態は「ピークに近い」と語っていた。クマ退治に向け士気は上がっているようだ
▼もちろん日本代表の目指すところはそのまだ先にある。まずは前回惜しくも逃した8強入りだろう。「一片の麩」ならぬ楕円(だえん)のラグビーボールからしばらく目を離せそうにない。