時代をえぐる骨太の小説に定評のある五木寛之氏だが、氏の生き方が深く刻まれた随筆もまた味わいがあって胸にしみる。数ある随筆の中でも代表作と言っていいだろう。『大河の一滴』(幻冬舎)にこんな一節があった
▼川を眺めていて自然と浮かんできた思いらしい。「それは小さな一滴の水の粒にすぎないが、大きな水の流れをかたちづくる一滴であり、永遠の時間に向かって動いてゆくリズムの一部なのだ」。一滴の水が山を流れ下るうちに大河となり、やがて「海に還る」自然の営みを人の一生に例えているのである。国土地理院の地図に「北海道大分水点」という地名が新たに加えられるとの報に触れ、その一節を思い出した
▼名前が与えられるのは三国山の西約300mに位置する小ピーク。ここに降った一粒の雨も落ちた所が石狩側なら日本海へ、十勝側なら太平洋へ、北見側ならオホーツク海へとやがて運ばれていく。最初の小さな違いで運命が大きく変わるところはどこか人生に似ていないか。もともと三国の名は開拓使時代、石狩国、十勝国、北見国の国境だったことから付けられた。そこが分水点でもあったのである。三つの外海に流れる分水点は日本でここだけだという
▼「北海道大分水点」は地元の方が提唱し、2005年に木柱が設置された。今回、これが老朽化したため関係自治体と森林管理局などが石碑を立てることにしたそうだ。同時に国土地理院の地図記載も決まった。さて大分水点からの眺めはどんなだろう。来年は一滴の水が三つの海へ旅を始める地を訪ねてみたい。