アメリカ大陸を横断する5000㌔のウルトラマラソンに挑んだ選手たちの人間ドラマを描いた小説『遥かなるセントラルパーク』(文藝春秋)に、モハーヴェ砂漠を走る場面がある
▼「悪魔の遊び場」と称される区間の殺人的暑さを経験者が教えるのだ。「気温が二十四度を超えると、あんたの体は体温のバランスを保てなくなる。どんなに汗を出してもだ。そのくらいの暑さだと、体の動きに狂いが生じてくる」。国際オリンピック委員会(IOC)もこの暑さをかなり警戒しているらしい。2020年東京五輪の男女マラソンと競歩の競技会場を東京から札幌へ移すと発表したのである。札幌の8月の平均気温が5―6度低いというのがその理由という。波紋が広がっている
▼9月にあった世界陸上ドーハ大会の女子マラソンで、酷暑のため4割以上の選手が棄権したことに危機感を覚えたようだ。棚からぼた餅の秋元札幌市長は喜びを隠さないが、はしごを外された小池東京都知事は大層おかんむりである。唐突だったがIOCに理がないわけではない。マラソンが予定される8月上旬の東京の平均気温はことし最高が34・9度、最低が26・2度だった。湿度は76・7%だ。ドーハ大会の30度超、湿度80%弱とほぼ一致する
▼東京を想定し、暑さ対策とコース研究を重ねてきた日本選手にとっては会場変更が理不尽と映ろう。ただ、他の国の選手も同じ思いとは限るまい。「悪魔の遊び場」のごとき環境で走りたくない選手もいるはずである。このIOCと東京のデッドヒート、制するのはどちらなのか。