武士でありながら本職並みの才ありと認められていた江戸中期の文人画家柳沢淇園は若いころ、毎日のように自邸に客を招き宴を催していたそうだ。だからだろう。後年出た随筆に酒の効用を説くこんな「飲酒の十徳」を書き残している
▼「礼を正し、労をいとひ、憂ひを忘れ、鬱をひらき、気を巡らし、病をさけ、毒を解し、人と親しみ、縁を結び、人寿を延ぶ」。いかにも酒好きが言いそうなことばかりでないか。12月も半ばにきて、忘年会たけなわである。いわゆる〝花金〟のきょうあたりは「飲酒の十徳」を胸に、多くの人が飲み屋街へ繰り出すに違いない。気心の知れた仲間と膝と膝とを突き合わせ、酒の力も借りて一年の疲れを吹き飛ばす。「脈絡のなき話ばかりや忘年会」松田みち枝。そうそう、この期に及んで肩の凝る話は無粋である
▼ところで最近は「忘年会スルー」という言葉があるらしい。この前、NHKの夜のニュースで紹介していた。職場の忘年会に参加しないことをそういうのだとか。昭和を引きずるおじさん連中は何かといえば集まって飲みたがるが、近頃の若者の考えは違う。お金を払ってまで、上の者から「助言」という名の自慢や武勇伝を聞かされる会には出たくないのである
▼出席したが最後、憂いは増し、気がふさぎ、縁を切りたくなり、寿命も縮む、というのでは「飲酒の十徳」ならぬ十酷だろう。スルーしたくなるのも分かる。とはいえ時には上下の垣根を払って普段できない話をし、親睦を深めるのもいいものだ。若者の自慢や武勇伝を引き出せるともっといい。