どうしたらよかったか、考えれば考えるほど分からなくなる。そんな思いに捉われた人も多いだろう。ことし6月、自宅に引きこもっていた長男を殺害したとして殺人罪に問われた元農林水産事務次官の熊沢英昭被告に16日、判決が下った
▼裁判員裁判で東京地裁が出した結論は懲役6年。求刑の8年より2年短かったものの、中山大行裁判長は「強固な殺意」があったとして弁護側が求める執行猶予は認めなかった。やりきれない事件である。44歳の長男には定職がなく、体調を崩したため5月から実家に戻っていた。すぐに始まった暴力と暴言。被告は傷を負い、妻はうつ病を患った。妹も数年前、長男が原因で婚約が破棄されたことに絶望し自殺したそうだ
▼そんな生き地獄の毎日を送る中で悲劇は起こった。事件当日、長男が「殺すぞ」と詰め寄ってくる。恐怖、怒り、悲しみ―。いろいろな感情が一気に爆発したに違いない。被告はとっさに台所にあった包丁を握り、もみ合いになりながら何度も刺した。精神を病んだ人を説得して医療につなげてきた押川剛氏は著書『「子供を殺してください」という親たち』(新潮文庫)で同様の事例を紹介している。警察に相談しても犯罪でないからと相手にされず、病院に入れてもそこでは真面目なためすぐに退院させられる。そんなケースは珍しくないらしい
▼それでも押川氏はこう強調する。行政や警察、医療施設といった関係機関に「直接」「何度も」「明確に要望を伝える」ことが大事だと。親と関係機関が真剣に事態と向き合えば、救える命がある。