短歌を一首紹介したい。「シャンプーの髪をアトムにする弟 十万馬力で宿題は明日」笹公人。兄弟が風呂場でにぎやかに過ごす様子が目に浮かぶ。ただ、現代短歌といえども漫画の主人公を歌に詠み込むのは難しい。それだけ「鉄腕アトム」が多くの人に知られているということだろう
▼アトムに限らない。「ジャングル大帝」「ブラックジャック」「火の鳥」と手塚治虫の漫画を上げていけば枚挙にいとまがない。誰でもお気に入りの漫画が一つや二つあろう。1989年2月に亡くなって既に31年たつが、いまだ人気は衰えを見せない。「漫画の神様」と呼ばれるゆえんである。残念なのはもう新作が読めないこと、と思っていたら最近新たに興味深い動きがあった
▼AI(人工知能)技術を使って手塚漫画を生み出す、キオクシア(旧東芝メモリ)の「TEZUKA2020」プロジェクトである。もし手塚先生がまだ生きていたら今どんな漫画を描いているだろうか。そんな想像を現実化する試みという。ばかなことを、が大方の見方でないか。発想や構成の妙が求められる漫画でできるわけがない、と。ところがAIはやってのけたのである。物語や登場人物を学習し新作の骨格を作り上げた
▼完成した「ぱいどん」が雑誌『モーニング』(講談社)13号に掲載されている。読んだが正直なところ物足りない。実際は後工程をほぼ現役のプロに頼らねばならなかったそうだ。道のりは遠い。とはいえ手塚先生は技術を愛した人。空の上でこう言っているに違いない。「面白い。どんどんやりなさい」。