現実を正しく把握するには思い込みを捨てねばならない―。その方法を説いて世界的ベストセラーとなった『ファクトフルネス』の著者ハンス・ロスリング氏は、医者で公衆衛生の専門家でもあった
▼モザンビークで働いた過去の経験を著書に記している。病院には肺炎やマラリアといった重病で毎年1000人ほどの子どもが運び込まれた。そのうちの20人に1人は命を落とす。毎週1人は亡くなっていたのである。医師も薬も設備も足りない。命を救えず悩むハンス氏はある日、病院という思い込みに気付く。答えは病院の外にあったのである。地域の衛生環境だ。それからは人々に自覚を促し、地域全体で改善に努めた。死者は劇的に減ったそうだ
▼これも同じだろう。きのう、安倍首相が改正新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を発令した。わが国でも医療が崩壊し、新型コロナウイルスの犠牲者に歯止めがかからなくなる局面が近づいている。それを国民に自覚させる必要があった。今回は感染拡大が続く東京をはじめ7都府県を対象とした。緊急の場合は医薬品や食品の強制収用が可能なほか、臨時医療施設開設のためなら土地や建物を所有者の同意なしで使える
▼ただ他国と違い私権を制限する力はない。知事にできるのは、今までと同じ外出自粛の要請や遊興施設など特定施設の使用制限のみ。それだけに個人の節度ある行動が成功の鍵になる。いつも以上の冷静さが求められよう。今は一人一人がコロナに病む社会の回復に取り組む治療者であることを忘れてはいけない。