手記を一つ紹介したい。感染症がまん延した社会とそこで苦しむ人々を観察した記録である
▼始まってすぐにこんな一節が出てくる。「うめきながら、彼らが飲むもの食べるもの、全部味がしない。ひとりぼっちで体調が回復するまで、12日間を指折ってふとんの中で待つ以外ないのである」。最近の話だと言われてもまるで違和感はないが、実は作家で浮世絵師の式亭三馬が1803年に書いた『麻疹戯言』である。当時江戸では、はしかが猛威を振るっていたのだ。国文学研究資料館のロバート・キャンベル館長が新型コロナウイルスに悩む現代人の参考になればと、感染症を題材にした古典を動画で披露していた
▼この手記の特徴はユーモアにあるという。貴人も貧乏人と変わらず病にかかり、御簾(みす)の奥から高級なお香とともに漢方薬の匂いが漂ってくる、といった記述もあるそうだ。恐怖と不安でぎすぎすしている世の中を、三馬は笑いで和らげようと考えたのだろうとキャンベル館長は解説する。今も笑顔を忘れている人は多いに違いない。自分がどこかでウイルスを拾わないか、誰かに感染させてしまわないかと恐れ、一方では対策が甘い人に怒りを感じてしまう。長過ぎるストレスのせいで心のバランスを崩しているのだ
▼政府はきょう、感染拡大の懸念がなくなりつつある30あまりの県で緊急事態宣言を解除する。残念ながら本道はまだ特定警戒都道府県から抜けられず先送りらしい。自粛はもう少し続く。気の持ちようが大切だろう。ここは三馬に倣いできるだけ笑うよう心掛けたい。