親を愛する子の思いは真っ直ぐであるがゆえに時として痛々しい。森鴎外は短編「最後の一句」で、そんな子の命懸けの行動を丹念に描いてみせた
▼江戸時代の話である。不幸な成り行きで死罪と決まった太郎兵衛の子どもたちが、自分たちの命と引き換えに父を助けてと奉行に願い出た。16歳の長女を筆頭に下は6歳までの5人兄弟である。子どもたちは父が戻れば毎日泣き暮らす母も元気になると考えたのだった。どんな沙汰が下されたのか。調べが長引いたことで51年ぶりに挙行された大嘗祭(だいじょうさい)と重なり、太郎兵衛は恩赦。子どもたちも死を免れたのだ。その物語を思い出したのは、きのう、新聞の片隅に出ていた記事を見たためである
▼記事はことし1月、いわき市で起こった母子4人殺害事件の初公判を伝えていた。真相は殺人罪に問われた被告の男(51)が、当時同居していた交際相手の女性(43)に頼まれ、女性の子どもたちからの承諾も得た上で実行された一家心中だったという。経済的困窮から女性が自殺願望を抱き、男も同調。どうするか聞かれた15歳の息子と、共に13歳の双子の娘たち3人も、母親だけを死なせるわけにいかないと心中を受け入れたらしい。冷静な判断ができたはずもない。むごい話である。楽しいことがこれからいっぱいあったろうに
▼明かされていない事情もあるかもしれないが、何にせよこんな行為は間違っている。子どもが決めたことだから、では済まされない。純真な愛情に甘えて、子どもを大人の勝手に巻き込むなどあってはならないのだ。