世の中の雰囲気が全体に暗く沈んでいるとき、決まって流される歌がある。「九(きゅう)ちゃん」こと坂本九さんの『上を向いて歩こう』(永六輔作詞、中村八大作曲)である。大きな災害のあった後がそうだし、このコロナ禍のさなかにも耳にした
▼「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思い出す 春の日 一人ぽっちの夜」。一人ぽっちの歌なのに、一人ぽっちでないような気がするから不思議である。きのう、仙台など東北の太平洋側各地でも上を向いて歩く人の姿が多く見られたようだ。謎の飛行物体が空を漂っていたためである。映像を見ると白い気球に十字型の物体が吊り下げられている
▼気象観測用ラジオゾンデに似ているが、国土交通省や気象庁も全く覚えがないという。しかも気流に流されもせずほぼ同じ位置にとどまっていた。長らく続いたコロナ自粛でうつむく日々が多かったせいだろうか。そんな奇妙な物体にもかかわらず、ニュースに映った人々の顔は皆どこか楽しげだった。仙台の友人に早速連絡をとってみると、自分は見ていないものの地元はその話題で持ちきりとのこと。テレビで毎日、あの毒々しいウイルスの丸い姿を見せられているのだ。それに比べれば、青空を背景に白く輝く丸い姿はよほどすがすがしい
▼喜劇王チャップリンはかつて、「下を向いていたら、虹は見つけられない」と言ったそうだ。歌の続きのように「幸せは 空の上に」あるかどうかは分からない。ただ、上を向けば新たな発見があるのは確かだろう。それに、気持ちも少し上向きになる。