いにしえの生活様式を守り続ける南海の孤島ウポルの長ツイアビが初めて文明社会に触れたとき、驚いたそうだ。そこにも形ばかりの信仰はあったが、彼らが本当に信じている神はお金という金属や紙だったからである
▼ツイアビは語る。「お金のために残酷になるのは正しいことだと考えるようになる。その手がお金をつかもうとするとき、彼の心は固くなり、血は冷たくなる」。お金のためなら何でもするわけだ。人間がお金に絡んで欲にかられ、起こしてしまった事件を見るたび、ツイアビの物語『パパラギ』(立風書房)のその一節を思い出す。今回もそうだ。コロナ禍によって売り上げが激減した事業者に支給される持続化給付金の不正受給が全国で相次いでいるという
▼「誰でも簡単にもらえる」との甘い言葉に乗せられ、受給資格がないのに偽りの書類を用意して提出。100万円を手にしたやからが大勢いるらしい。お金のために良心も法律もかなぐり捨て、苦しむ人々を踏みつけにしたのである。悪事を暴かれ逮捕される例が増えたからだろう。怖くなって警察に自首したり、相談したりする人も出てきていると聞く。どうやら不正受給の方法を指南し、手数料で稼ぐ元締めが各地にいるようだ。元凶はこの種をまいた人物だが、ぬれ手で粟(あわ)と喜んで詐欺に加担した者も罪は免れない
▼ツイアビはさらにこう続ける。お金を神とあがめる文明人は「隣の兄弟が不幸を嘆いているのに、それでも幸せでほがらにしていられる」。そんな日本人は皆無だと断言できないのが残念でならない。