世界中の人が当時、祈るような思いで見ていた。南米チリ北部のサンホセ鉱山落盤事故のことである。作業員33人が地下に閉じ込められ、69日後に全員が生還した。事故が発生したのは8月。救出活動が終わったのは10年前の今月だった
▼事故発生直後は作業員がどこにいるのかも分からない。しばらくたって地下634mの坑道内で生存していると判明したものの、あまりの深さに一時は生還が絶望視されたものだ。ところがどんな困難を前にしても救出チームは諦めなかった。各国からも技術や知恵、資金が続々届けられた。チームを支えていたのは「一人も見捨てない。全員生きて地上に返す」との強い思いだったそうだ。作業員たちにとってはその思いこそが希望だったろう
▼JR日高線鵡川―様似間沿線の7町長が23日、JR北海道が求めていた鉄路廃止に正式同意したとの報に接し、10年前のチリ鉱山での出来事を思い出した。沿線住民の多くもやはり、見捨てず救ってほしいと願い続けていただろう。2015年の高波で厚賀―大狩部間の線路が崩壊して以来、不通になっていた。維持費や復旧費を巡り、運行再開へ向けた協議が暗礁に乗り上げてしまったのである
▼JR北の経営難や利用者の減少を考えると廃止やむなしの面はあろう。ただ、ふに落ちないのは国や道がはなから前面に立とうとせず、住民生活を元に戻そうともしていないように見えたことである。「一人も見捨てない」との気概に欠けていたのでないか。この5年、鉄路ばかりか希望も宙ぶらりんにされてきたとすれば悲しい。