近くにあっても大き過ぎると逆に目に入らない。誰でも経験のあることでないか。物に限らず、犯罪にもそういうところがある。SF作家の星新一も短編「大犯罪計画」で首謀者にこう語らせていた
▼「犯罪というものは、大きければ大きいほど成功しやすいものだ。それなのに多くの連中は、小さな、くだらない、型にはまったことをやる」。型通りのことなら警察も慣れているから、簡単に見抜かれるというのだ。山口県周南市で起きた詐欺事件の報に触れ、その作品を思い出した。第一生命保険(東京)徳山分室に勤務していた89歳の元保険外交員の女性が、顧客に偽りの金融取引を持ち掛け、約19億円をだまし取っていたというのである。同社が9日、報告書を公表した
▼年齢と被害額だけでも驚きだが、さらに興味深いのはその人物像だ。飛び抜けた成績によって社内で唯一「特別調査役」の肩書をもらい、定年もなし。当人を祝う会には、地元政財界幹部が数多く駆け付けるほどの有名人だったらしい。こんな「大物」に「私だけが扱える特別高金利な金融商品がある」と勧められたら、資産運用を任せたくなるのが人情だろう。たとえ渡される預かり証が手書きだったとしてもである
▼大手生保の特別な肩書と地元政財界とのコネ。「大きければ大きいほど成功しやすい」を地で行ったようなものだ。以前から不正を指摘する声はあったものの、影響力が強すぎて解明できなかったという。そんな会社の姿勢も疑問だが、最も分からないのは高齢になってまで金に執着した元外交員の胸の内である。