夏は例年以上の暑さになると見込み、肥料をつぎ込んで米の収穫量を大幅に増やそうと勝負に出た農家の男がいた。思惑が当たり、稲は他の家の田んぼとは比べものにならないくらい大きく成長する。ただしそれは途中までのこと
▼稲に赤い斑点が出て、収穫前に全滅してしまったのだ。伝染病にやられたのである。お気づきの人もいようが、現実の出来事ではない。宮沢賢治の童話『グスコーブドリの伝記』である。打ちのめされはしたものの、男は再起をかけて誓う。「こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ」。そこでブドリに伝染病対策を徹底して学ばせ、翌年の秋には4年分の収穫を上げたのだった
▼先日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が日本を訪問し、菅首相と会談。新型コロナウイルスのパンデミックで延期になった東京五輪・パラリンピックの来夏開催を確認した。「こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ」ということだろう。不安を吹き飛ばしたわけだ。とはいえ今のままでは実現などおぼつかない。世界はもとより日本でも新規感染者数が連日、最多記録を更新しているのである。当の東京もきのう、1日の感染者数が初めて500人を超えた。開催確認をあざ笑っているようでないか
▼来年、五輪の火を会場でともすには、ワクチン開発はもちろん、選手やスタッフ、観客といった関係者全員がブドリのように徹底して学ぶ必要があろう。できない理由を並べるより、困難を乗り越え実現させられる方策を探りたい。その収穫は大きいはずである。