ソニーが韓国のサムスン電子と液晶パネルの合弁会社「S―LCD」を立ち上げたのは2003年のことだった。技術の流出を危惧した経済産業省や国内メーカーの反対を押し切る形で設立したのである。世界市場で競争力を高めるため薄型パネルを安く生産する必要に迫られていたのだ
▼どうなったか。経産省などが心配した通りになったのである。気付けば苦心して培ってきた技術が軒並みサムスンに渡っていた。媒介したのは人である。サムスンは合弁だけで満足せず、優秀な技術者には好条件を提示しヘッドハンティングを進めた。技術を一から開発するのは大変だが、他社の人材を引き抜けばその手間はいらない。サムスンの以後の急成長はご存じの通りである
▼携帯電話大手ソフトバンクの高速大容量通信規格「5G」に関する営業秘密を不正に持ち出したとして、同業の楽天モバイルに転職した元技術者の男が12日、警視庁に逮捕された。楽天としては喉から手が出るほど欲しかった技術に違いない。男がソフトバンクを退社したのは19年12月31日。その直前に技術情報を複数回持ち出した疑いが持たれている。楽天入社は退社翌日だ。楽天が最初から裏で糸を引いていたという見方はうがち過ぎだろう。ただ楽天は携帯分野で後発。ソフトバンクの元技術者を採用するに当たり、5Gのノウハウを期待しなかったはずはあるまい
▼ソフトバンクは楽天を訴える構えと聞く。技術の流出は顧客の流出を意味するから切実だ。油断していると、かつてのソニーのように母屋を取られないとも限らない。