東日本大震災で壊滅的被害を被った日本製紙石巻工場が再生するまでの道のりを追った、佐々涼子さんの『紙つなげ!』(早川書房)ほど優れたノンフィクションはなかなかない。全てを津波にのみ込まれ、誰もが「工場は死んだ」と絶望したところからの奇跡の復活劇を丹念に記している
▼工場は石巻市の基幹産業の一つ。1940年の操業開始以来、地域に雇用を生み、経済を回しながら日本の出版を支えてきた。ひときわ胸を打たれたのは、芳賀義雄社長(当時)が震災2週間後に現地入りし、がれきと化した工場を一通り見た後の場面である。不安顔の従業員を前に芳賀社長はこう宣言した。「これから日本製紙が全力をあげて石巻工場を立て直す!」
▼残念ながら釧路ではついにその言葉が聞かれなかった。日本製紙釧路工場がことし8月に、紙・パルプ事業から撤退すると発表してからもうすぐ3カ月。存続を願う地元自治体や経済団体、住民らの必死の願いもむなしく、既定路線が変わる様子はない。活字離れとIT化により紙の需要減が進んでいたところにコロナが追い打ちを掛けた。この先、需要回復は望めない。会社としても苦渋の決断だったろう。石巻は津波の試練に耐えたが、釧路は世の流れとコロナに勝てなかったわけだ
▼ただ、釧路の歴史は100年を超え、石巻より長い。それだけ土地に根付いていたのである。釧路を象徴する巨木を根こそぎ引き抜くようなもの。簡単に考えてもらっては困る。全力をあげてここを立て直す。撤退に当たってはそれくらいの気概を示してほしい。