少し先の未来に起こる殺人を事前に察知し、犯人となる人物を先に逮捕することで犯罪を未然に防ぐ。トム・クルーズ主演の米SF映画『マイノリティ・リポート』(2002年、ドリームワークス)はそんな物語だった
▼予知能力を持った3人の「プリコグ」の報告に基づき、トムら犯罪予防局の刑事が近い将来殺人事件を犯す人物の確保に向かう。このシステムの導入でワシントンDCから殺人事件は一掃される。ただ、逮捕される方はたまったものではない。その時点ではただ普通に毎日の生活を送っているだけなのである。「あなたは将来殺人を犯します」と突然宣告されて、「はい分かりました」と納得する人はいないだろう
▼今国会で議論が進むインフルエンザ特別措置法と感染症法の改正案で、入院に応じない感染者へ罰則を与えることに違和感を覚えるのもそれと似たところがある。「入院に応じない」段階ではまだ感染を広げているとはいえない。改正案は未来の出来事に網をかけるものなのだ。ウイルス保有者が明確な意図を持って他人に感染させたのなら傷害罪が成立しよう。罰則があるのも当然である。一方、新型コロナの場合、感染経路は不明なことが多く、感染者10人のうち8人は感染を広げないとされている。公正な法の執行は本当に可能なのか
▼先の映画では刑事のトムが殺人者と宣告され、当局に追われる羽目となる。予知の暴走のようだが誰も止められない。感染症法改正もそれ自体が人権の侵害や新たな差別、分断を生む原因にならないよう慎重に取り扱わねばなるまい。