童話作家宮沢賢治の代表作『銀河鉄道の夜』で印象的な場面といえば「北十字」もその一つだろう。ジョバンニとカムパネルラが汽車に乗って出発した直後に通る島である。平らな頂にあるのは「立派な眼もさめるような、白い十字架」だ
▼それを目にした旅人たちは立ち上がり、つつましく指を組み「ハレルヤ、ハレルヤ」と祈るのである。宇宙に翼を広げるはくちょう座をキリスト教の十字架に見立てたのだった。賢治は熱心な仏教信者だが、献身の教えを説くキリスト教にも親しみを抱いていた。銀河鉄道のテーマが自分を犠牲にして他人を救うものだったため、その世界観を取り入れたらしい。さて、そんな賢治が存命ならこれをどう思ったろうか
▼世界文化遺産にも登録されている真言宗醍醐派総本山の醍醐寺(京都府)が、宇宙に本物の寺院を建立するというのである。汎用衛星の量産に取り組むベンチャー企業「テラスペース」と提携して人工衛星を打ち上げ、内部区画に寺院機能を持たせるそうだ。この〝宇宙寺院〟は高度400―500㎞の低軌道で運用し、約1時間半かけて地球を1周する。その名も「浄天院劫蘊寺」。開山趣旨が地球を含む宇宙全体の平和と人類の宇宙での活動の安全というのだから何と壮大なこと
▼合わせたわけではなかろうが、衛星は賢治没後90年の2023年に打ち上げられる。もしかすると宇宙旅行を手掛ける米スペースX社の船窓から、「劫蘊寺」に手を合わせることのできる日が来るかもしれない。さすがの賢治もそこまでは想像できなかったのでないか。