劇団KAKUTAを主宰する女優で劇作家の桑原裕子さんは子どものころ、「ハエちゃん」と呼ばれていたそうだ。生まれて初めてもらったあだ名だったらしい。エッセーに記していた
▼「どんなに追い払ってもうるさくしつこくつきまとってくるからと年上の子に命名された」というから、好奇心あふれる活発な子どもだったのだろう。大人なら眉をひそめてもおかしくないあだ名だが本人は大いに気に入っていた。ニックネームで呼ばれるのがうれしかったし、ぴったりの名前を付けるセンスにも感心したのだという。それを思い出したのは、昨今、小学校であだ名を禁止する動きが広がっていると知ったからである。テレビやSNSで話題になっていた
▼あだ名の中には当人をからかったり中傷したりするようなものもあり、いじめにつながりかねない。そう考える学校関係者が増えているのだとか。わざわざ校則に盛り込み、友だちとは「さん」付けで呼び合うよう指導するところまで出てきていると聞く。懸念は分からなくもない。2013年にいじめ防止対策推進法が施行されてから学校にはピリピリとした空気が漂う。ただ、一律のあだ名禁止で問題が解決するとは思えない。いじめがなくなるのでなく、見えなくなるだけでないか
▼桑原さんは書いている。「悪口が発祥であり、目線を変えればいじめにもなりうるその呼び名が、しかして私をこの世界に導いた」。あだ名はその人の特徴をすくい上げ、形を与える役割も果たす。功罪を理解した上で子どもたちの自然な交流を優しく見守りたい。