無法な野武士から村を守るため農民に雇われた侍たちの活躍を描いた黒澤明監督の名作『七人の侍』(1954年)に、農民と侍たちの信頼関係にひびが入る場面がある。農民が村にはないと言ったよろいや刀を実は大量に隠し持っていたと分かったときだ
▼わだかまりを抱えた仲間に三船敏郎演じる菊千代が叫ぶ。「床板引っぺがして掘ってみな。それでなきゃ納屋の隅だ。出てくる、出てくる。米、塩、豆、酒」。尋ねると何もないと答えるが、本当は何でも隠し持っているというのである。それは農民が「何でもごまかす、けちんぼうで、ずるくて、泣き虫で、間抜け」だから。ただ、菊千代が真に訴えたいのは次の事実だった。こんな農民を作ったのは「あんたたちだ。侍だよ」
▼個人が自宅で保有する現金、いわゆる〝たんす預金〟の話題が出ると先の場面を思い出す。日本銀行が17日発表した昨年10―12月の資金循環統計速報によると、12月末時点で〝たんす預金〟が初めて100兆円を超えたそうだ。脱税目的で隠匿している人も中にはいようが、大部分の人の理由は手元に置いておくのが一番安心だからだろう。金融機関に預けても金利が低い上、破綻もないとはいえないご時世である
▼積み増しているのは特に高齢者のようだがさもありなん。長い老後の資金に不安があろうし、このコロナ禍ではいつ感染して治療費が必要になるか分からない。単なる「けちんぼう」ではないのだ。菊千代風に言うと、高齢者をたんす預金に走らせるのは「今の世の中だ、そして政治だよ」といったところか。