物理学者の寺田寅彦は40代の一時期、油絵に凝っていた。病で寝ているのに飽き、以前かじった絵を再開したのである。最初は家で描いていたが、具合が上向くと写生に出掛けた
▼随筆にその風景が残る。「絵の具箱を片付けるころには夕日が傾いて廃墟のみぎわの花すすきは黄金の色に染められた。そこに堆積した土塊のようなものはよく見るとみな石炭であった。ため池の岸には子供が二三人釣りをたれていた」。夕暮れころのゆっくりと流れる時間まで見えるような一文である。この随筆「写生紀行」の発表は1922(大正11)年。ため池は当時も子どもたちの格好の遊び場になっていたようだ。とはいえ一見、楽しい水場に思えるこのため池、落ちて命を落とす人が昔から少なくない
▼暖かくなり、また事故が増える季節になってきたらしい。今月9日に香川県丸亀市のため池で釣りに来ていた小1の男の子と33歳の父親が溺れて亡くなった。なぜあの程度の池でと疑問に感じている人もいるのでないか。先の事故を受け、水難学会の斎藤秀俊会長が「YouTube」でその危険性を説明していた。池の斜面角度は30度弱で陸上を歩く分には問題ない。ところが足が水の中に入った途端、泥や藻で滑って一気に深みにはまるそうだ
▼はい上がろうとしても、つるつるで岸までのわずか数十cmが進めない。泳ぎのうまさは関係ないのだ。本道にも多くのため池がある。まず近付かないことだが、もし誰かが落ちても助けようと安易に飛び込んではいけない。ロープで引き上げるか、救助を呼ぶかである。