萩原朔太郎の詩に「死なない蛸」がある。内容も題名そのまま不穏な雰囲気が漂う。ストレスのかかる環境に置かれると自分の足を食べてしまうタコの習性を効果的に盛り込んだ一編である
▼作品の中のタコは飢えていた。中段の一節を引く。「彼は自分の足をもいで食つた。まづその一本を。それから次の一本を」。そしてついには、「身体全体を食ひつくしてしまった」。後には何も残らないほど、完全にである。経済産業省が25日、「今夏の電力需給はここ数年で最も厳しい」とする見通しを示したとの報に触れ、その詩を思い出した。日本も自らの体を食うことで需要期の電力を確保してきたが、そろそろ限界に来ているのでないか。電力政策の手際の悪さが目立つ
▼脱炭素に傾斜し火力発電への投資環境を悪化させながら、原子力発電を動かさない分の穴埋めは火力にさせている。運用は電力各社任せとはいえ、政策の縛りがあるため自由度は低い。当然、燃料は輸入頼りだから費用はかさむ一方である。そうした無理がたたって老朽火力設備休廃止の時期が集中。受給危機を招いた。政府は電気料負担を重くするのに、安心は保証しない。国民の富を一本また一本と、もいで食いながらしのいできたのだ。大規模太陽光発電に歯止めをかけないのもその一つ。炭素を固定する森林を壊す例が多く、不安定な発電量が需給バランスを崩してもいる
▼7月の供給予備率は7地域で周波数維持に綱渡りを要求される3.7%。経産省は無策を棚に上げ節電を呼び掛けるという。まだ国民を食うつもりらしい。