花や木の愛好家には当たり前の事実だろう。植物の名前には地名の冠されたものが少なくない。分布がはっきりしていて、そこでしか見られない種も多いからである
▼本道ではエゾツツジやエゾマツなど「蝦夷」の付く名前が目立つ。レブンアツモリソウのようなさらに地域を限定した呼び名もある。本州では秋田杉やニッコウキスゲ、シラネアオイといったところが有名か。そうそうサツマイモも忘れてはいけない。不思議なもので地名が付くとぐっと身近に感じる。個性が伝わってくるからかもしれない。一方、こちらはその個性が邪魔になると考えたようだ。世界保健機関(WHO)が先月末、警戒度が高い新型コロナウイルス変異株の呼称には、国の名前でなくギリシャ文字を使うと発表したのである
▼英国型を「アルファ」、南アフリカ型を「ベータ」、ブラジル型を「ガンマ」、インド型を「デルタ」とするそうだ。その国や人々への偏見が広がり、差別や中傷被害が起きるのを防止するためだという。もっともな話だ。とはいえ個性をはぎ取られたせいで危険も身に迫ってこない。アルファやベータでは具体性に欠けるのだ。ウイルスの実体を知り、わが事として戦うには変異地や感染経路が分かる国名付きの方が良かったようにも思える
▼風評被害を避けようとするWHOの意図を疑うつもりはない。ただ、最も配慮したかったのは関係の深い中国だったのでないか。変異株に地名を使わないとなれば、原初のウイルスを武漢型と呼ぶ風潮にも一定の歯止めをかけられる。考え過ぎか、それとも。