超高齢社会の悲哀を感じる身体の変調の一つに認知症がある。昔は自然な現象として受け入れられていたが、これだけ数が増えるとそうもいかない
▼柳美里さんの小説『JR上野駅公園口』(河出文庫)にも主婦たちのこんな会話があった。「でももうね、見る影ないの。そのくせ、ミエコ、お茶いれろ!とか従業員みたいな扱いなのよ」「人生いろんなこと考えちゃうわよね」「ぼけるのは大変、周りがもう、ね」。見事な頓知でよく知られる一休さんは、いまわの際に「昨日まで人のことよと思いしに今日は我が身かこいつたまらぬ」と詠ったという。直面したときの心の動きは実際、認知症も似たようなものだろう。漠然とした不安を感じている人は多いのでないか
▼このニュースを聞いて少しほっとした人も多いに違いない。日本の「エーザイ」と米国の「バイオジェン」、製薬会社2社が共同開発したアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」が7日、米食品医薬品局(FDA)に承認されたのである。病の原因と考えられる脳内の異常なタンパク質「アミロイドβ」を取り除き、症状の進行を抑える効果があるそうだ。これまでの治療薬は残った細胞を活性化させ、悪化を遅らせるだけだったが、新薬は原因物質に直接働き掛けるという
▼ただし壊れてしまった脳細胞を元に戻す効果まではないため、早期の発見、治療が必要らしい。日本でも現在、厚生労働省に承認を申請中というから、期待するところ大である。「大変、周りがもう、ね」。新薬の普及でそんな嘆きを少しでも減らせるといい。