神であっても兄弟同士けんかもすれば嫌みも言う。アイヌの民話「ウウェペケレ」で語られる神は実に人間くさい。「白い熊神が自ら語った話」(萱野茂『炎の馬』、すずさわ書店)もそんな話の一つ
▼弟の熊神が兄の熊神の宴に呼ばれ、出掛けていく。最初は歓談しているのだが、途中から子どものいない兄が子どもを授かった弟に言い掛かりを付けはじめる。「おまえばかりが幸せになりやがって」というわけだ。弟が何を言っても兄は聞く耳を持たない。そうこうしているうちに兄が火箸で殴りかかってきたため、弟はアイヌの村に逃げ下りてきた。熊神の世界もなかなか大変である。つまり昔からヒグマが里に現れる出来事はあり、その理由付けに昔話が作られたのだろう
▼札幌市東区周辺の住宅街をうろつき回り、18日に駆除されたヒグマも何かしらの事情があったに違いない。兄弟げんかが原因だったかどうかは知る由もないが、住み慣れた山を離れて人間の世界に飛び込むなどヒグマの習性に反する。もともと臆病で自ら人に近付くことのない生き物だ。追い詰められパニックに陥ったか、極度の空腹か。路上で男女4人を襲い重軽傷を負わせた。死者が出なかったのは不幸中の幸いだ。体長1・6m、体重160㌔の雄の個体というから人の力でどうにかできるものではない
▼「麻酔で眠らせて山に帰せばよかった」との批判も一部あったと聞く。人慣れしたヒグマを帰すのは危険極まりない。かわいそうだが駆除は必要な措置だった。先の民話のように神の世界へ戻って楽しく暮らしてほしい。