昭和の脱獄王と呼ばれた実在の人物の一生を描いた吉村昭の『破獄』(新潮文庫)に、日本有数の監視態勢を誇る網走刑務所の独房を破った驚くべき手口が記されている
▼無期刑囚佐久間清太郎は、鍛冶工場で特別に作られた「絶対にはずせぬ」鋼鉄の手錠を常時はめられていた。堅固な房の中で佐久間はどんな策を練ったのか。食事に付くみそ汁を毎日少しずつ手錠と視察窓の金具にたらして腐食を早めたのである。その間、1年もかかっていない。サビが進み、緩くなったとみると一気に手錠も窓も壊し、看守の隙を突いて逃げ出したのだった。佐久間の悪知恵もさることながら、塩分の腐食力もなかなかあなどれない
▼それを再認識させられる出来事が最近もあった。ことし2月に三重県鈴鹿市の交差点で信号機の鉄柱が根元から折れた事故を調べていた三重県警察本部が先日、原因は〝犬の尿〟だとする調査結果をまとめたのである。犬の尿に含まれている塩分などが腐食を加速させた可能性が高いそうだ。柱の耐用年数は50年なのに、23年で倒れたため不審に思い検証したという。すると柱から他の所の8倍、地面からは42倍の尿素が出た。仁義なき犬の縄張り争いを象徴する柱だったらしい
▼実はこの犬の尿による腐食、以前から道路インフラ関係者には知られていた。通行人が倒れた柱に当たりけがをした事例もある。小まめな点検が理想だが、何せ数が多い。飼い主に協力を、といっても犬の散歩には柱がつきもの。看守のように常に誰かが監視しているわけにもいかない。頭の痛い問題である。