本音と建前、表の顔と裏の顔、外づらと内づら―。一人の中に別の性格の人物がいることは誰もが知っていよう。昨今は匿名で意見を表明できるSNSの普及により、そんな心の分裂に拍車がかかっているのでないか
▼小説家朝井リョウが『何者』(新潮文庫)で描いた場面が生々しい。就職活動をする仲間5人の話である。その中の拓人は集まると皆を応援するが、SNSでは仲間や彼らの志望会社をくさしていた。ところが、それが仲間にばれてこう追及される。「ほんとは、誰のことも応援してないんだよ。誰がうまくいってもつまらないんでしょ」「自分よりは不幸であってほしいって思ってる。そのうえで自分は観察者でありたいって」
▼現在開催中の五輪の周りにも、たくさんの「拓人」がいるようだ。SNSで注目選手への誹謗(ひぼう)中傷をする者が後を絶たないのである。卓球の水谷隼選手や体操の橋本大輝選手、サーフィンの五十嵐カノア選手など自ら中傷被害の実態を発信する選手も多い。開催前には五輪に反対する人が、出場を辞退しない選手にしつこく絡んで攻撃する例もあったと聞く。SNSでのこうした傾向は世界共通らしい。無視できる選手はいいが、自分のアカウントに書き込まれるためどうしても目に入る。中には心を病む選手もいるようだ
▼中傷する人は自分が客観的な観察者として正しい審判を下しているつもりだろう。ただ一皮むけば、裏にあるのは自分のつまらない思いを発散したいだけのどす黒い感情である。ばれて信用も何もかも失う前に気づいた方がいい。