浮世絵師歌川広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」をご存じの方は少なくないだろう。隅田川に架かる橋を渡っている人々が編みがさや蛇の目傘、むしろで雨を避けながら急ぎ通り過ぎる風景である
▼雨を表現しているのは、微妙に角度を変えて描かれた力強い黒色の直線だ。それで土砂降りだと分かる。いかにも日本らしいと思えるのは、時代は違えど誰しも経験したことのある出来事だからかもしれない。『雨の名前』(小学館)によると奈良時代に成立した最古の正史『日本書紀』にも、「大雨ふりて」の言葉があるそうだ。「ひちさめふりて」と読む。「ひち」は「漬つ」や「泥(ひじ)」を意味するという。昔から大地を飲み込むような雨があった証拠である。日本人と雨との付き合いは深い
▼とはいえ西日本と東日本の広い範囲に記録的大雨をもたらしている今の天気には頭を抱えたくなる。降り始めの11日から1週間が過ぎた。内水氾濫、堤防決壊、土砂崩れなど各地で災害も相次いでいる。長野県岡谷市では15日、お盆で帰省中の母子3人が土石流の犠牲になる痛ましい事故が起こった。山の保水力も限界を超えたに違いない。佐賀県大町町では六角川を挟んで約9平方㌔が浸水。一時深さ3mに達した所もあったという
▼いいかげん勘弁してほしいものだが、この「ひちさめ」はまだ数日続くらしい。雨が上がった後には治山、治水計画の見直しやハザードマップの再点検が必要になろう。ただ、今はどうか命を守る行動を。いくら付き合いが深くても、雨は往々にして人を傷付ける。