コロナ禍前に米国で進んでいたパンデミック対策の内幕を描いたノンフィクション、『最悪の予感』(マイケル・ルイス、早川書房)に考えさせられる場面があった。過去のことなのに現在を語っているような気がしたのである。未来を言い当てていたというべきか
▼オバマ氏が大統領を務めていた時期に開かれた会議でのこんな話だった。「敵はウイルスであり、敵の最大の武器は、急速でランダムな突然変異だ」。スタッフは懸念する。変異は予測できない。「ときには戦略を大きく転換せざるを得ないかもしれない。けれどもそうした転換は、世間からは無能さの表れとみなされる」。まさに今、菅首相に下されている評価だろう。NHKの最新の世論調査も支持率は29%と内閣発足以来最低を記録した
▼かじが定まらぬまま大型客船日本丸の漂流は続く。悪いのは船長。というわけである。政府内の足並みの乱れや首相の説明不足があるのは事実だが、変異についていこうとすると戦略は変えざるを得ない。まん延防止や緊急事態を出したり引っ込めたりするのも批判の的だ。ところがおととい、また17府県を追加する羽目になった。さらに基本的対処方針分科会の尾身茂会長が「個人の行動を制限できる新たな仕組みの検討が必要」と面かじいっぱいの踏み込んだ発言をし、航路の変更も迫られている
▼いずれも強い感染力を持つデルタ株が登場したためで、転換は当然だ。一方で政府のワクチン接種を最優先する方針だけはぶれていない。無能と見られても目的地を見失わなかった点は評価していい。