子どものころ聞いた歌なのに今でもよく覚えているのは、低音の甘い歌声と印象的な始まりの一節のせいだろうか。往年の名歌手フランク永井さんの『おまえに』(岩谷時子作詞、吉田正作曲)のことである
▼歌い出しはこうだった。「そばにいてくれる だけでいい 黙っていても いいんだよ 僕のほころび ぬえるのは おなじ心の 傷を持つ おまえのほかに だれもない そばにいてくれる だけでいい」。交わす言葉は多くなくとも、そばに寄り添ってくれる人がいるだけで生きることはずいぶん楽になるとの実感が伝わる。どんな時代、世界でも変わらぬ真理だが、そんな人と人との温かな交流を阻んだのが新型コロナウイルスだった
▼結果はご存じの通りだ。感染による重症や死亡も深刻だが、自殺の増加も著しい。警察庁の今月のまとめで、ことし8月までに自殺者が1万4207人に達した事実が明らかになった。10年続いた減少基調が崩れ、増加に転じた前年をさらに6.2%上回っている。やはり前年同様、女性の自殺が目立つ。特に第4波が広がりだした4月は前年同月比36.3%増。加えて子どもや若者の間で増えているのも特徴だ
▼「感染での医療崩壊は騒がれ対策もされるのに、心を病んだ人は見過ごされ、ずっと〝医療崩壊〟状態だ」。おとといの『Mr.サンデー』(フジテレビ)で、大空幸星NPO法人〈あなたのいばしょ〉理事長が言ったそんな言葉に胸を突かれた。「そばにいてくれる だけでいい」。かの歌のように頼れる人が当たり前にいる社会に早く戻さねば。