中国の故事に「木鶏(もっけい)の話」がある。聞き覚えのある人も多いのでないか。紀元前9世紀、周王朝時代の逸話である。ざっとこんな内容だった
▼闘鶏の名人が王に頼まれ鶏の訓練を始める。10日後に王が様子を尋ねると、名人は「空威張りしていけません」。また10日して聞くと、「敵を見ると興奮してだめです」。さらに10日、「強くなったが相手を見下すところが良くない」。王は辛抱強く待ち続けた。もう10日たち王が問うと、名人からようやく合格のお墨付きを得た。いわく「敵の姿を見ても声を聞いても動じません。まるで木彫りの鶏。この風格を前に、敵は戦いを挑むことさえできないでしょう」
▼この「木鶏」を心のよりどころにして精進に精進を重ねてきたのが、おととい日本相撲協会に現役引退を申し出た横綱白鵬(宮城野部屋)である。「いつか〝木鶏たりえる〟ことを目指して」と『勝ち抜く力』(悟空出版)に記していた。強さだけでなく、相撲道を極めようとした力士だろう。横綱昇進は2007年。在位は歴代最多の84場所だ。ことし7月、6場所連続休場明けの名古屋場所で全勝し、優勝を45回に伸ばした。こちらも歴代1位である
▼東日本大震災の後は物資の支援や被災地への慰問の先頭に立ち、国内外の子どもを招く「白鵬杯」では後進を育てる取り組みに力を入れた。品位がないと批判する声もあるが、至らぬ部分だけを拡大しすぎてはいなかったか。目指してたどり着いた先は血の通わぬ木鶏ではなかったろう。むしろ人間味あふれる姿にファンは魅了された。