権力闘争となれ合いに明け暮れる当時の政治状況に激しく不満を募らせた青年将校らがクーデターを企てた1936年の二・二六事件で、彼らの思想的支えとなったのは尊皇を絶対視した幕末の水戸藩士藤田東湖の漢詩だったそうだ
▼その一節を引く。「いやしくも大義を明らかにして人心を正せば 皇道なんぞ興起せざるを患えん」。あるべき理想の姿を示せば人心は改まり、皇道も自然と勢いづくというのである。青年将校らはこの熱情あふれる言葉を胸に武力を持って決起した。いわゆる正義の暴走だろう。人は自分の正義を信じて疑わないとき、最も間違いやすくなるといわれる。独善を正義と思い込んでしまうらしい。さて、こちらの高級官僚はどうか。強い正義感は伝わるが、かなり過激な言葉も並ぶ
▼『文藝春秋』11月号で持論を展開した矢野康治財務事務次官のことである。衆院選を目前に控え、財政収支の均衡を無視し、財政出動や減税にばかり言及する与野党の政治家を厳しく批判する内容だ。冒頭から「バラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない」である。国家公務員は「心あるモノ言う犬」との文言もあった。もう青年ではないはずだがとにかく熱い
▼主張は分からぬでもない。ただ財務省の大義である財政収支均衡だけ言い立て、経済成長の視座が少ないのは片手落ち。掲載月から衆院選に影響を及ぼそうとしたのではとの疑念も拭えない。いささか暴走したのでないか。行き過ぎると国民は財務省にそっぽを向く。