子どものころ、テレビからこの低音で適度に抑制の効いたナレーションが聞こえてくるとわくわくしたものである。語っていたのは映画『007』のジェームズ・ボンド役、ショーン・コネリーの吹き替えで有名な若山弦蔵さんだった
▼「宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である。そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない」。米国のSFドラマ『宇宙大作戦』である。今は『スタートレック』の方が一般的だろう。宇宙船〈U.S.S.エンタープライズ号〉が人類初の試みとして5年間の調査飛行に出発。宇宙人との遭遇や思わぬ事故など数々の困難に見舞われるが、そのたび技術や知恵、チームワークで切り抜けていく。乗員を率いていたのは決断力に優れ、信頼も厚いカーク船長だった
▼映画も含む長いシリーズの途中で現役を引退したものの、やはり船長には宇宙がよく似合う。役を演じたウィリアム・シャトナー氏が13日、本当の宇宙空間に飛び出した。アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏が設立した宇宙開発企業「ブルーオリジン」の宇宙船に搭乗し、無重力の旅をしばし楽しんだのである。御年90歳。宇宙を経験した人の最高齢記録という。役柄とはいえ、さすがカーク船長だ
▼ドラマの初放映はアポロ11号の月着陸からさかのぼること3年の1966年だった。米国とソ連が宇宙開発競争にしのぎを削っていたころである。あのときSFに登場していた人物が現実に宇宙へ行ける時代になったとは感慨深い。開拓地の入り口に立っている気がする。