落語には殿様や商家の旦那など金持ちをだましてひともうけしてやろうとたくらむ欲深な人物がよく出てくる。「初音の鼓」もそんな噺の一つだった。古道具屋の金兵衛が骨董(こっとう)好きの殿様に無価値な鼓を霊験あらたかな珍品と偽り、高値で買わせようというのである
▼鼓をたたけば近くの者にキツネがつくという触れ込みだ。同行する仲間と事前に打ち合わせておき、殿様が1回たたくと仲間が「コン」。2回たたくと「コン、コン」。殿様は大いに感心し、百両で買い取ると大喜びである。ごみでも相手に本物だと信じさせることができれば高値が付く。世の中にはありがちな話だろう。こちらの現代版金兵衛ともいえる人物の策略が功を奏さなかったのはつくづく幸いだった
▼大村秀章愛知県知事のリコール(解職請求)運動で署名活動の責任者だった人物が大量の署名偽造に手を染めていた事件である。全く価値のない紙切れを本物に見せ掛け、民主主義を破壊しようとしたのだからたちが悪い。地方自治法違反で逮捕された男の裁判が9月から始まり、あきれた不正の実態が明らかになった。報道によると80万人分の名簿を533万円で購入し、人海戦術でアルバイトに代筆させたという。提出した署名43万筆の8割が不正だった
▼先の落語では殿様が仲間を下がらせた上で、金兵衛に再度鼓をたたかせる。断れずにたたくと殿様が「コン」。はなからばれていたのである。総務省も先週、リコールなど直接請求の課題を検討する研究会を立ち上げた。殿様のように機転が利くといいのだが。