小説家岡本綺堂の『半七捕物帳』にこんなくだりがあった。「この牢破りの一件が出来して、人相書までが廻って来たので、これも打ち捨てては置かれなくなった」。人相書と聞いて、時代劇で町民が街頭に掲げられた似顔絵を見ているシーンを思い浮かべた人も多いのでないか
▼ところが実際は江戸時代に似顔絵の人相書はなかったらしい。顔つきや年齢、身なりなど特徴を文章で箇条書きにしただけだったそうだ。諸説あるものの、逃げている犯罪者を捕らえるための似顔絵活用は明治時代から始まったとの説が有力なのだとか。顔の認識が得意な人間ならではの手法である。指名手配の写真を長年見てきた現代人には、作り話でも似顔絵のある人相書の方が違和感がない
▼警察庁と千葉、埼玉、神奈川の3県警が17日、特殊詐欺事件の容疑者10人の顔写真を公表する初の一斉公開捜査に乗り出した。広域化する詐欺事件に対応し、より多くの人に顔を見てもらうことで容疑者の早期逮捕につなげる狙いという。警察庁のサイトに防犯カメラが捉えた容疑者の顔と事件の概要が載せられていた。画像は少し粗くマスクもしているが、身近にいれば認識できる程度の特徴は見て取れる
▼同庁によると9月までの特殊詐欺認知件数は前年同期比534件増の1万729件。一方で検挙件数は676件減の4520件と低調だ。最近の報道を見ると本道の少年が受け子として東京で逮捕されたりしている。犯罪が巧妙化している証拠だろう。容疑者の人相書をぼんやりとでも眺めておきたい。大切な人を守るために。