日常のしがらみから解放されるせいだろうか。旅に出るとどこか浮かれた気分になる。弥次さん喜多さんの珍道中を描いた十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも、そんな場面が多く出ていた
▼例えば「三島宿のおふざけ」の段。白い手拭いをかぶると粋な男に見えると言って喜多さんがほっかむりをする。女たちから注目を浴びたと大喜びだ。弥次さんがあきれて指摘する。「おまえがかぶってるのはふんどしだよ」。道理で女たちが笑うわけである。そこで一九はこんな一首を挟む。「手ぬぐひとおもふてかぶるふんどしはさてこそ恥をさらしなりけり」。蛇足と知りつつ記すが、恥と布を「さらし」に掛けている。とはいえ旅の恥はかき捨て。こんな失敗が楽しいのも旅ならではである
▼政府の観光支援事業「Go To トラベル」が来年1月にも再開されることが決まったらしい。ワクチン接種や陰性の証明などが利用の前提になるものの、コロナ禍から解放され久々に羽を伸ばせる旅だ。さぞ楽しかろう。再開後は1人1泊当たり、旅行代金が割引率30%で上限1万円、クーポンが平日3000円など。高級旅館に人気が集中した前回の反省を踏まえ、苦境に立つ中小の旅館に客が流れる仕組みに変えたそうだ
▼既に独自の観光支援を始めている自治体も多い。試みに道内温泉地の予約状況を確認してみると、しばらく先まで週末はほぼ満室だった。皆出掛けたくてうずうずしていたのだろう。大勢がマスクなしで大騒ぎする旅はいただけないが、弥次喜多のような少人数の旅ならそう密にもなるまい。