日本で医療を担う人は古来、「医は仁術」を信念としてきた。その思想は平安時代にまでさかのぼれるというが、定着したのは江戸時代。貝原益軒の『養生訓』によるところが大きい
▼「医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救うを以て志とすべし。わが身の利養を専ら志すべからず。天地のうみそだて給える人をすくいたすけ、萬民の生死をつかさどる術なれば、医を民の司命という」。志は今も失われていない。大阪市北区曽根崎新地の心療内科医院〈西梅田こころとからだのクリニック〉の西沢弘太郎院長も、やはり「医は仁術」を旨とする医師の一人だったようだ。幾つかのニュースで先生に救われたと感謝する患者のインタビューを見た
▼どうしてそんなクリニックで、ここまで凄惨な放火殺人が起きてしまったのか。発生したのは17日午前10時過ぎ。27人が心肺停止の状態で救急搬送され、現在までに院長はじめ看護師、患者ら24人の死亡が確認されている。ほとんどが一酸化炭素中毒だったようだ。大阪府警は19日までに、通院していた61歳の谷本盛雄容疑者が放火したと特定し、名前も公表した。容疑者も重篤な状態だという。中にいる人が逃げられないよう受付の辺りにガソリンをまき、ライターで火を付けたらしい。奥に非常口などはなかったそうだ
▼仕事への早期復帰を目指し、院長を頼ってクリニックへ来る人が後を絶たなかったと聞く。容疑者も最初はそうだったのだろう。どんな心境の変化があったにせよ、身勝手な思いで多くの人の未来を残酷に奪った行為は決して許されない。