肝心なことを巧妙に隠して話を進めるのは、物語でよく使われる手法である。中でも推理小説は典型的だろう。作者はトリックや犯人を見破られないよう、たくさんの言葉を費やしながらも読者に知られてはいけない事柄には触れない
▼きれいに整えられた文体と、十二分と思える情報量の多さに読者はころっとだまされる。ミスリードを誘うわけだ。最後まで真実に気付かせないのが、作家の腕の見せどころである。岸田文雄首相にもいい作家が付いているのかもしれない。おととい召集された第208通常国会での施政方針演説のことである。内容は多岐にわたっていた。課題は全て網羅されているように思えたが、考えてみると重要な点が巧妙に隠されていたような気がする
▼世界で猛威を振るう新型コロナウイルス変異株「オミクロン」の対策から始まり、自身の主張する「新しい資本主義」、気候変動、全ての人の生きがい、外交と演説は進んだ。ただ、社会保障に関する話がほとんどなかったのである。あったのは「持続的な社会保障制度の構築に向け、議論を進めます」のひと言のみ。首相は新しい資本主義の実現に「成長と分配の好循環」を掲げるが、日本は社会保障という形で高齢者に分配が偏っているのが現実だ
▼まず社会保障制度と少子高齢化に解決の道筋を付けねば新しい資本主義など絵に描いた餅である。首相も気付いてはいよう。答えを持たないためあえて他の話題に埋もれさせたのでないか。ミスリードは娯楽小説だけで十分。施政方針では都合の悪い事実にも触れるべきだった。