ソニーを創業した井深大氏と本田技研工業を創業した本田宗一郎氏は盟友関係にあったという。井深氏が著書『わが友 本田宗一郎』(文春文庫)で、本田氏の仕事上の信念がよく分かるこんな言葉を紹介していた
▼「自動車やオートバイというものは、人間の生命そのものを預かる機械である。一歩あやまれば、重大な社会問題になる恐れがある。したがって、性能そのものをトコトンつきつめなければならない」。商品を売るからには、買ってくれる人の安全を最優先に考えねばならないということだろう。本田氏は続ける。欠陥があるのにいつまでも放っておく会社も実際にあるが、「僕は道徳の欠如だと思う」。世界に先駆けて排気ガス問題に取り組んだのも同じ理由だったらしい
▼観光船「KAZU Ⅰ」沈没事故で現在までに14人の死亡者と12人の行方不明者を出している「知床遊覧船」の社長には、本田氏のような信念はなかったようだ。日を追うごとにずさんな安全管理態勢があらわになってくる。経験の浅い船長が悪天予想の中で出航した上、救命器具は低水温では役に立たず、緊急連絡のための衛星電話も故障と耳を疑うことばかり。しかも運航管理者として事務所にいるべき社長は外出中。無線設備も壊れていた。遭難のお膳立てを整えていたようなものではないか
▼観光船も自動車やオートバイ同様、「人間の生命そのものを預かる」事業だ。どうしてここまで無責任でいられたのか。行方不明者の捜索作業はきょうも懸命に続けられている。本田氏の「道徳の欠如」の言葉が重く響く。