英ジャーナリスト、ダグラス・マレー氏の著書『大衆の狂気』(徳間書店)に、現代社会を読み解く鍵になりそうな言葉を教えられた。「隠居後の聖ゲオルギウス」である
▼元になっているのはこんな話だ。ドラゴン退治では右に出る者なしの大勇者ゲオルギウスは最強のドラゴンを倒した後、もう存在しない敵を求めて荒野をさまよい歩き、ついにはかすみに向かってまで剣を振り回すようになったというのである。今の社会も同じで、例えば問題が持ち上がったとき、最初の情報が誤認だったと判明したり解決したりした後も、しつこくあらぬ炎上の種を探そうとする者たちがいる。テレビや新聞といったマスメディア。それが現代のゲオルギウスだろう
▼2011年の福島第1原子力発電所事故で被ばくした人は「子孫に遺伝的な影響が起こる」と誤解している人が4割に上る。環境省が初めて実施した全国調査でそんな実態が明らかになったそうだ。10年以上たつのにこの認識。もちろん遺伝の事実はない。科学的に裏付けられた数々の論文やデータにはほとんど触れず、影響があるかのように被ばくの恐怖をあおり続けてきたマスメディアの責任が問われよう
▼国連科学委員会も日本を代表する科学者団体も早くから繰り返し福島原発事故による放射線被ばくの健康影響はないと明言してきた。最近も福島医大が11―20年度に実施した妊産婦調査で放射線の影響はないとの結果を発表している。現代のゲオルギウスも、かすみに向かって剣を振り回すのをやめた方がいい。そこにドラゴンはいないのだ。